2015年12月14日月曜日

理解の及ばぬもの


[Ryuze+ 2015.12.12 column] 「理解の及ばぬもの」

ほんとにほんのささいなことで、つい衝突してしまったり。
なんでそんなことをするのか分からない、とか。
当たり前のことなのに、なんで分かってくれないのか、とか。
何を考えているのか理解できない、とか。
こんなにも思っているのに、なんで理解してくれないのか、とか。

一番身近なはずの家族でも、そんなことはしばしばなのに、
生まれも育ちも、文化や風習も、信じるものも違えば、なおのこと。

完全には理解できずとも、
その存在を受け止めることはできるのではないか。
むしろ自分には理解できると思うことは、
時に不遜で傲慢なことでもあるのかもしれません。

自分の理解の及ばぬ範囲を、相手は把握している。
どちらが正しいでもなく、優劣でもない領域。
違いを違いのまま、謎を謎のままに受け止める。

理解しあえるようにと、互いに歩み寄るからこそ、
人は共に生きていけるのかもしれません。
それでも理解できない領域を、認め合い尊重できるからこそ、
人は共に在ることができるのかもしれません。



「今こそ世界で対話を進め、お互いの多様性や違いを認め、
  平和的に共存する方法を見つけなければならない」

  国民対話カルテット・チュニジア労働総同盟
  アッバーシー書記長
  「平和賞授賞式『多様性や違い認め 共存を』」
    NHKニュース


「すべての文化は同じ才能を起源として生まれ、
 基本的に同じ潜在力を持っているといえる。(中略)
 地球上の文化はそれぞれが,人間であるということの
 意味は何なのかという問いに対する答えだ。
 そして、そうした文化の総体が、今後数千年に私たち人類が
 ヒトという種として直面する難問に対処する手段となる。」

  W. デイビス(人類学者)
 「最後の人たち 失われゆく文化」
  日経サイエンス2010年12月号



メールマガジン「Ryuzu +」にて、毎週土曜日のコラムを担当しています。
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